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京都地方裁判所 昭和35年(行)2号 判決 1963年11月28日

原告 寺江直次郎

被告 京都府知事・国 外一名

訴訟代理人 今井文雄 外三名

主文

一、本訴中、被告京都府知事との関係で別紙目録記載の土地の所有権の確認を求める部分は、これを却下する。

二、原告と被告京都府知事との間において、同被告が前項記載の土地につき買収の時期を昭和二五年七月二日としてなした自作農創設特別措置法第三条による買収処分は無効であることを確認する。

三、原告と被告国及び土橋との間において、第一項記載の土地が原告の所有であることを確認する。

四、被告土橋は原告に対し、第一項記載の土地につき、京都地方法務局上賀茂出張所昭和二九年一二月一一日受付第一二五五号をもつてなされた昭和二五年七月二日付自作農創設特別措置法第一六条による売渡を原因とする同被告のための所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

五、被告土橋は原告に対し、第一項記載の土地を、同地上の農作物を撤去して明渡せ。

六、原告の被告京都府知事に対する第一次的請求(第二項記載の買収処分の不存在確認請求)及び被告国に対するその余の請求はいずれもこれを棄却する。

七、訴訟費用は被告等の負担とする。

八、この判決は、第五項に限り原告において被告土橋に対し、金五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告訴訟代理人は、

(一)1  原告と被告京都府知事との間において、同被告が別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)につき買収の時期を昭和二五年七月二日としてなした自作農創設特別措置法第三条による買収処分(以下本件買収処分という。)は不存在であることを確認する。

2  原告と被告等三名との間において、本件土地が原告の所有であることを確認する。

3  被告国は原告に対し、本件土地につき、京都地方法務局上賀茂出張所昭和二九年一二月一日受付によりなされた地目変更登記の抹消登記手続をなし、且つ、右地目変更登記前の登記(表題部一番)の回復登記手続をせよ。

4  被告土橋は原告に対し、本件土地につき、同法務局同出張所昭和二九年一二月一一日受付第一二五五号をもつてなされた昭和二五年七月二日付自作農創設特別措置法第一六条による売渡を原因とする同被告のための所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

5  被告土橋は原告に対し、本件土地を同地上の農作物を撤去して明渡せ。

6  訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決及び右5項についての仮執行の宣言を求め、

(二)  更に予備的に、

1 右(一)1に対する第二次的請求として、

原告と被告京都府知事との間において、本件買収処分が無効であることを確認する。

2 右(一)2及び4に対する第二次的請求として、

被告土橋は原告に対し、京都府知事の農地法第三条による許可を条件として、本件土地を譲渡し、且つ、本件土地につき右譲渡を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

との判決を求めると述べた。

二、被告等各指定代理人及び訴訟代理人は、

1  原告の請求はいずれもこれを棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。(但し、本項は被告国及び京都府知事のみ)

との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、原告訴訟代理人は、

(一)  請求原因として、

1 被告等は、被告京都府知事が原告の所有にかかる本件土地につき自作農創設特別措置法第三条により本件買収処分をしたと主張している。

2 そして、本件買収処分を前提として本件土地につき、被告京都府知事において、被告土橋に対し、自作農創設特別措置法第一六条により売渡の時期を昭和二五年七月二日とする売渡処分がなされ、その後、昭和二九年一二月一日京都地方法務局上賀茂出張所において、本件土地の地目を宅地から畑地に変更する旨の変更登記が本件買収処分により権利者となつた農林省のために京都府知事の代位によりなされ、続いて同年同月一一日同出張所受付第一二五五号をもつて、被告土橋のために右売渡処分を原因とする所有権移転登記がなされた。

3 しかしながら、被告等主張の本件買収処分は、それに関する地区農地委員会における買収計画の樹立がなく、且つ、原告に対する買収令書の交付もなされていないのであるから、元来処分として存在していない。このことは、本件買収処分及び右売渡処分がなされていないことを前提に原告が、昭和二九年春頃、被告土橋に対する本件土地の返還請求につき民事調停を申立て、その調停が試みられていた事実に照らしても明らかである。(買収処分不存在確認の請求原因)

4 仮に、被告等主張のように本件買収処分が存在するとしても、本件買収処分には次のとおりのいずれも重大且つ明白な瑕疵があるので、それは無効である。(買収処分無効確認の請求原因)

即ち、

(1) 本件買収処分については、前記のとおり地区農地委員会において、買収計画が樹立されていない。このことは、本件買収処分が不存在であることの理由にならないとしても、少なくともそれを無効たらしめるものである。

(2) 仮に、被告等主張のように買収の時期を昭和二五年七月二日とする買収計画の樹立があつたとしても、本件買収処分については前記のとおり被買収者である原告に対し買収令書の交付がなかつた。これまた、本件買収処分が不存在であることの理由にならないとしても、少なくともその無効原因になる。

(3) また、右(1)及び(2)の瑕疵が認められないとしても、昭和二五年一一月一六日、洛北地区農地委員会は原告に対し、本件土地につき、買収の時期を昭和二五年一二月二日とする買収計画を樹立し、その縦覧期間及びそれに対する異議申立期間を昭和二五年一一月一七日から同月二六日までと定めたとの旨の通知をなした。従つて、これにより、被告等主張の買収の時期を昭和二五年七月二日とする買収計画及びこれに対する異議申立期間は右通知内容のとおり変更されたものとみるべきであるところ、原告は右通知にかかる異議申立期間内の昭和二五年一一月二三日、同地区農地委員会に対し、本件土地の買収計画につき異議を申立てたのであるが、原告の右異議に対する決定がいまだなされていないのにかかわらず、爾後の手続が進められ、そのまま、本件買収処分がなされたのであるから、この点においても本件買収処分は手続上違法である。

(4) 更に、仮に右(1)乃至(3)の瑕疵が認められないとしても、本件土地は本件買収処分当時宅地であつて農地ではなかつたのであるから、これを農地として買収した点に瑕疵がある。即ち、原告は昭和一〇年六月一七日訴外高橋松三郎から本件土地を買受けたのであるが、元来本件土地は同訴外人の屋敷跡地であつて、右買受当時から登記簿上でも宅地になつていたことは勿論、該地上には建物の根石及び井戸一箇のほかもち一本、かなめ一〇本、樅一本、もくせい一本、柿一二本、山椒一本、茶樹二〇本の樹木が存在していたのであり、原告においても将来そこに住宅を新築する予定であつたのであるから、それが当初より宅地であり農地でないことは明らかである。このことは、本件土地の近辺に所在する原告所有の農地五筆(その内四筆は被告土橋が耕作していたもの)が昭和二三年一〇月二日自作農創設特別措置法第三条により買収された際にも、本件土地のみは宅地であるが故に当初より買収から除外されていた事実に照らしても明らかである。なお、仮に本件買収処分当時、本件土地が外形上農地の観を呈していたとしても、それは被告土橋が盗作の方法により権限なくして本来宅地である本件土地を農耕の用に供していたに過ぎないのであるから、これをもつて、本件土地が自作農創設特別措置法に言う農地に該るものであると言うことはできない。

5 以上のとおり、本件買収処分は不存在であるか、或はまた、仮に存在するとしても無効であるから、これに続いて行われた前記売渡処分も無効である。従つて、本件土地は原告が所有するものであり、一方、前記被告土橋のための所有権移転登記はその登記原因を欠く無効の登記であり、また前記の京都府知事が農林省を代位してなした地目変更登記も無効の登記であるので、それぞれ原告に対して、被告土橋は右所有権移転登記の抹消登記手続を、また、被告国は右地目変更登記の抹消登記手続と右地目変更登記前の登記の回復登記手続とをする義務がある。

6 しかるに、被告等は原告が本件土地を所有していることを争い、しかも、被告土橋は本件地上に農作物を栽培してこれを占有している。

7 よつて、原告は、被告京都府知事との関係で本件買収処分につき第一次的にその不存在確認を、第二次的にその無効確認を、被告等三名との関係で本件土地についての原告の所有権確認を、更に被告国に対し前記の変更登記の抹消登記手続及び回復登記手続を、被告土橋に対し、前記の所有権移転登記の抹消登記手続と、所有権に基く本件地上の農作物の収去及び本件土地の明渡とをそれぞれ求める。

8 仮に、本件買収処分が存在し、且つ無効でなく、従つて、被告土橋に対する前記請求が理由のないものであるとしても、被告土橋は本件土地を不法に占拠し、盗作という不法な方法により本来宅地であつた本件土地を農地化したのであり、それがため、本件土地につき原告は本件買収処分を受けその所有権を失い、一方被告土橋はその結果前記売渡処分によりその所有権を取得するに至つたのであるから、被告土橋をして右により取得した本件土地の所有権を保有せしめておくことが公平の原則に反するばかりでなく、被告土橋の右所有権取得はまさに法律上の原因なくして原告の損失により得た利得に他ならない。従つて、原告は被告土橋に対して不当利得による本件土地の返還請求権を有する。よつて、原告は被告土橋に対し、右不当利得返還請求権に基き、知事の許可を条件として本件土地を譲渡し且つ、それを原因とする所有権移転登記手続をすること並びに本件地上の農作物を撤去して本件土地を明渡すことを求める。(被告土橋に対する予備的請求の原因)

と述べ、

(二)  被告国及び京都府知事の主張に対し

昭和三六年九月八日被告京都府知事が原告に対し本件土地の買収令書を交付した事実は認める。

と述べた。

二、(一) 被告国及び京都府知事各指定代理人は、答弁及び主張として、

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  請求原因3の事実中民事調停の申立がなされ、調停が試みられたことは不知、その余の事実は否認する。即ち本件買収処分は存在している。本件土地については昭和二五年二月二四日洛北地区農地委員会が不在地主の所有する小作地に該当するものと認め、買収の時期を昭和二五年七月二日とする買収計画を樹立し、それを法定期間公告し、縦覧に供したが、それに対する異議申立期間の同年三月六日までに原告から異議の申立はなかつた。そこで、その後自作農創設特別措置法所定の手続を経て、被告京都府知事は右買収計画に基き遅滞なく買収令書を発行し、同地区農地委員会を通じて原告に対しこれを郵送交付し、もつて、本件買収処分をなしたのである。しかして、本件土地については昭和二九年一二月六日本件買収処分を原因として農林省のために所有権取得登記がなされ、続いて、被告土橋に対する売渡処分があつて、同年同月一一日右売渡処分を原因とする被告土橋のための所有権移転登記までなされているのであり、被告土橋は現在に至るまで引続きこれを耕作の用に供してきたのである。もつとも、その間に洛北地区農地委員会が原告に対し、請求原因4(3)において原告が主張するような右買収計画に相反する内容の通知をなしているが、それは同地区農地委員会の単なる事務上の過誤に基づくものであり、しかもかかる通知は元来買収処分の手続における法定の要件でもないのであるからこれをもつて、右買収計画は変更され、不存在に帰したものとすることはできない。また、買収令書の交付に関しても、仮に右に主張した買収令書の交付がなかつたとしても、被告京都府知事は法律関係の安定と買収処分の確実を期する趣旨で農地法施行法第二条第一項第一号に基づきあらためて右買収計画に基づく買収令書を発行し、昭和三六年九月八日原告に対しこれを交付している。

以上のとおりで本件買収処分が存在することは明らかである。

3  請求原因4の本件買収処分が無効であるとの主張は争う。本件買収処分には次のとおり原告主張のような瑕疵は存在せず、それは有効である。即ち、

(1) 請求原因4(1)の事実は否認する。本件買収処分につき、適法な買収計画の樹立があつたことは前項で主張のとおりである。

(2) 同4(2)の事実は否認する。本件買収処分については買収計画樹立後遅滞なく適法な買収令書の交付がなされたことは前項で主張したとおりである。なお、仮に右の買収令書の交付がなかつたとしても、前項で主張のとおり、その後あらためて、買収令書が発行され、昭和三六年九月八日原告に対し交付されたのであるから、この点に関する瑕疵は既に治癒された。

(3) 同4(3)の事実はすべて認める。しかし、そのような事実があるからといつて、本件買収処分に原告が主張するような手続上の瑕疵があるとは言えない。即ち、原告主張のような地区農地委員会の通知によつて、すでに適法に樹立された買収の時期を昭和二五年七月二日とする買収計画が変更されたとすることができないことは前項で主張したとおりであり、また、右買収計画に対する異議申立期間についても同様に右通知内容のとおりに変更されたものではないから、原告主張の買収計画に対する異議申立はその期間経過後になされたものであつて、元来不適法なものであり、従つて、それに対する決定を経ずに本件買収処分がなされていても、手続上何等違法はない。

(4) 同4(4)の事実中、原告が本件土地を取得した当時、同地上に若干の樹木が存在していたこと、本件土地の近辺に所在する原告所有の土地五筆が原告主張のとおり買収されたこと及び本件買収処分当時被告土橋が本件土地を耕作の用に供していたことは認めるが、本件土地が当初より宅地であること及び本件土地が宅地であるが故に当初買収から除外されていたとの事実は否認する。その余の事実は不知。

即ち、本件土地は宅地ではなく農地である。本件土地については、被告土橋が十数年前からこれを賃借小作し、本件買収処分当時現に耕作の用に供していたのである。原告は本件土地が屋敷跡であつて将来そこに家屋を新築する予定であつたというが、かような所有者の所有目的や意図は農地であるか否かの判断には直接関係のないことである。

4  請求原因5の事実中、本件土地が原告の所有であることは否認する、その余の点は争う。

5  以上のとおり原告の本訴請求はいずれも失当である。

と述べた。

(二) 被告土橋訴訟代理人は、答弁及び主張として、

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  請求原因3の事実中、買収計画の樹立及び買収令書の交付がなかつたことは否認する。買収の時期を昭和二五年七月二日とする本件土地の買収計画が、昭和二五年二月二四日洛北地区農地委員会の決議をもつて樹立されており、これに基づき本件買収処分が行われた。

3  請求原因4の本件買収処分が無効であるとの主張は争う、本件買収処分には何等瑕疵がなく有効である。

(1) 請求原因4(1)及び(2)の事実は否認する。買収計画が適法に樹立されていることは前項で主張のとおりである。

(2) 同(3)の事実は不知。仮に原告がそこで主張するような通知があつたとしても、右通知は事務上の過誤によるものであつて、それ以前に既に適法に行われた本件買収処分の効力に何等影響を及ぼすものでない。

(3) 同(4)の事実中、原告がその主張のように本件土地を訴外高橋松三郎から買受けたこと、本件土地が元来屋敷跡地で、同地上には嘗つて若干の樹木が存在していたこと、原告主張のように本件土地の近辺に所在する他の原告所有地が買収されたこと、及び本件買収処分当時、被告土橋が本件土地を耕作の用に供していたことは認める。本件土地が宅地であること及び被告土橋が本件土地を耕作の用に供しているのは盗作によるものであるとの事実は否認する。その余の事実は不知。

被告土橋は、終戦直後原告の要請により、本件土地を屋敷跡地から畑地に整地し、そこで生産された農作物の相当量を賃料として原告に交付することにして原告から本件土地を賃借したのであつて、爾来引き続きこれを耕作の用に供してきたのである。従つて本件買収処分当時、本件土地は農地であつた。

4  請求原因5の事実は争う。被告土橋に対する本件土地の売渡処分は何等瑕疵がなく、有効である。

5  請求原因6の事実は認める。

しかし、被告土橋は、前項で主張のとおり適法な売渡処分を受けて、本件土地を所有するものであるから、被告土橋の本件土地の占有は、正当な権限に基づくものである。

6  請求原因8の事実(被告土橋に対する予備的請求の原因事実)中、本件土地につき原告が買収処分を受けその所有権を失つたこと、被告土橋が売渡処分によりその所有権を取得したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告土橋が本件土地を不法に占拠し、盗作の方法によりこれを農地化したものでないことは、前記3(3)において主張したとおりである。

7  以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも失当である。

と述べた。

第三、証拠関係<省略>

理由

第一、本訴中不適法な部分についての判断

原告は被告京都府知事との関係においても本件土地の所有権確認を求めている。しかし、被告京都府知事は、本件買収処分及びそれに続く売渡処分を行つた被告国の機関に過ぎないもので権利主体ではないから、本件土地の所有権の帰属自体については関係を持たないものである。従つて、原告の被告京都府知事に対する本件土地の所有権確認を求める訴は訴の利益を欠くものである。

よつて、本訴中右部分は不適法である。

第二、本案についての判断

一、本件土地が昭和二五年七月二日当時原告の所有であつたことは当事者間に争のないところである。

二、本件買収処分の存否について

先ず買収令書の交付の点についてみるに、これに関しては、被告国及び京都府知事は、昭和二五年二月二四日になされた買収計画の樹立後遅滞なく、被告京都府知事が洛北地区農地委員会を通じて、原告に対し本件買収処分の買収令書を郵送交付したと主張している。ところが、同被告等が右に主張する買収計画樹立の日から約九ケ月後の昭和二五年一一月一六日に、洛北地区農地委員会が原告に対し、本件土地に関する買収計画(もつとも、そこでは買収の時期を昭和二五年一二月二日とすると記載されていた。)の縦覧期間及びそれに対する異議申立期間は昭和二五年一一月一七日から同月二六日までになつているという旨の通知をなしている事実、並びに右通知により、原告が同年一一月二三日同地区農地委員会に対し、買収計画に対する異議を申立てた事実が、原告と同被告等との間において争いなく、被告土橋との関係においても成立に争いのない甲第一号証の一及び二並びに甲第二号証によつて認められ、また、成立に争いのない甲第三号証に証人溝川亀太郎及び上坂宗育の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、同地区農地委員会はなおその後の昭和二六年一月二三日に、原告を呼び出した上、原告の申立てにかかる右異議につき事情聴取を行つた事実も認められるほか、更に昭和二九年春頃に至つても、なお原告は本件土地を所有することを前提にして、被告土橋を相手に本件土地の明渡を求めるべく民事調停を申立てており、そして、それによつてその頃調停が試みられてきた事実が、被告土橋との関係においては同被告において明らかに争わないので自白したものとみなされ、また被告国及び京都府知事との関係においては原告及び被告土橋各本人尋問の結果により認められるのであつて、以上の各事実に、原告本人尋問の結果中、本訴提起前には買収令書を絶対に受取つていないとの供述を併せ考えると、本件買収処分については買収令書の交付がなかつたものと認められ、他に以上の認定を覆すに足る証拠はない。(もつとも、後記のとおり被告京都府知事は、右のように買収令書の交付がなかつたものと認定された場合のことをおもんばかつて、本訴係属後の昭和三六年九月八日、本件買収処分に関し、あらためて買収令書を発行の上瑕疵の治癒の意味でこれを原告に交付しているが、ここでは時間的順序に従つて判断を進めることとし、この点はしばらくおくことにする。)

しかしながら、本件の場合買収令書の交付がなかつたからといつてそれだけで直ちに本件買収処分は不存在であるとは言えない。即ち、証人上坂宗育及び樋口九一郎の各証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一及び二号証に右各証人の証言及び証人溝川亀太郎の証言を綜合すると、昭和二五年二月二四日、洛北地区農地委員会が本件買収処分の前提手続として、本件土地に関し買収の時期を同年七月二日とする買収計画を適法に樹立し、その公告をしていることが認められ(なお、原告はその後、昭和二五年一一月一六日同地区農地委員会が原告に対し本件土地につき買収の時期を昭和二五年一二月二日とする買収計画が樹立されたが如き外観のある通知をなしているので、それによつて右認定の買収計画は右通知内容のとおり変更されたと主張するが、仮に事実、右通知内容のとおりの買収計画が重複して樹立されたとしても、それにより先に有効に成立した右認定の買収計画が当然に変更ないしは取消されるものではなく、却つて、後に重複して樹立された買収計画は無効であると解すべきである。)、しかも、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第四号証によれば、右認定にかかる買収計画は、その後同年六月二九日京都府農地委員会において承認されていることも認められ、更に、被告京都府知事が昭和二九年一二月一日、既に本件買収処分がなされたことを前提として、それにより権利者となつた農林省を代位し、本件土地の地目変更登記をなしていることは、当事者間に争いがないのであつて、以上の各事実に徴すると、被告京都府知事が、遅くとも右登記のなされた日までに、本件買収処分をなしていることは十分推認し得るところであり、他に右各認定を覆すに足る証拠はない。そして、本件買収処分は、右登記によつて一応外部にも表示されているのであるから、前記のとおりその時にはいまだ買収令書の交付がなかつたけれども、遅くとも右登記がなされた時には、処分としては成立しているものと言うべきである。

以上のとおりで、被告国及び京都府知事のその余の主張について検討するまでもなく、も早や本件買収処分が不存在であると言うことはできない。

三、本件買収処分が無効であるか否かについて

原告主張の各無効原因の中、先ず買収令書の不交付の点(請求原因4(2))について判断する。

本件買収処分が既に処分として成立しているのに拘らず、原告に対し買収令書の交付がなかつたことは前段認定のとおりである(もつとも、被告京都府知事が本訴係属後の昭和三六年九月八日、原告に対し、あらためて買収令書を発行、交付したことは後記のとおりであるが、これは、右買収令書の不交付に関する瑕疵の治癒の問題であるから、後で判断する。)。ところで、本件買収処分において、右買収令書の交付は、自作農創設特別措置法第九条で定められた法定の要件であり、本件土地の所有者たる原告にとつては、本件買収処分の内容を最も適確に知ることができ、その取消を求める最後の機会を与えられる重要なものであるから右のように買収令書の交付を欠くことは瑕疵として重大である。そして、右買収令書の交付が、右のように本件買収処分の法定要件になつていること、それにも拘らず本件においては右のとおり買収令書の交付がなかつたことは、何等特別の専門的調査をまつまでもなく、容易に判明し得ることであるから、右の買収令書の不交付は明白な瑕疵であることも明らかであり、本件買収処分を無効ならしめるものである。

そこで、被告国及び京都府知事は、右買収令書の不交付に関し、同知事において本訴係属後、農地法施行法第二条第一項第一号により、本件買収処分の買収令書を新たに発行し、昭和三六年九月八日これを原告に交付したから、これにより右の瑕疵は既に治癒されていると主張するので、進んでこの点について考える。同被告等の主張するようにあらためて買収令書の交付があつたことは当事者間に争いなく、また農地法施行法第二条第一項第一号が、自作農創設特別措置法により農地買収計画の公告はあつたが、農地法施行の時までに買収処分がなされていない場合のみならず、本件のように既に買収処分がなされているが、買収令書の交付を欠き、その瑕疵のためにいまだその効力を生じていない場合にも適用あることは、これを肯認することができる。しかしながら、同被告等が右に主張する瑕疵の治癒が、何等の制限もなく何時まででもなし得るものか否かについては、この際別に考えてみなければならない。一般的に考えるにこの点について農地法施行法には何等の定めもないのであるが、だからと言つて、当該処分庁において本件のような無効な買収処分をそのまま放置しておき、いくら長年月を経た後においても、それについて右のような瑕疵の治癒をなし得るものとすることは、あまりにも処分庁に優位を認めることになる一方、被買収者の地位を何時までも不安定のまま放置することとなり余りにも衡平を失する結果となつて、かゝることは信義則上到底是認し難いところである。従つて、かような場合、治癒さるべき瑕疵の軽重のほかに、当該処分庁及び被買収者それぞれの側に存する諸般の事情をも考慮して、信義則に照らしも早やこれ以上被買収者の地位を不安定のまま放置することが許されないと認められる時期以後においては、当該処分庁において右のような瑕疵の治癒をなし得ないものとするのが相当である。そこで以上のことを本件についてみる。被告国及び京都府知事が主張する右瑕疵の治癒(買収令書の交付)は実に買収計画樹立後約一一年六月後、また本件買収処分に定めた買収の時期から約一一年二月後に、しかも本訴係属後約一年八月を経てからなされていることは、既に認定した各事実及び本件記載に照らして明らかであるし、またそれによつて治癒さるべき瑕疵は買収令書の不交付(買収処分の告知という点では、たとえ瑕疵あるものにせよともかく買収令書の交付又はこれに代る公告のあつた場合とは大きな差がある。従つて、この点に関する最高裁判所昭和三六年三月三日の判決の理論は本件には適用しえない。)であつて、買収処分における瑕疵としては極めて重大なものであることは前記のとおりである。そしてその間に前記二に認定のとおり、洛北地区農地委員会が原告に対し、既に買収の時期を経過した後である昭和二五年一一月一六日、買収計画に対する異議申立期間を同年同月一七日から二六日までとする旨の通知をなし、これに応じて原告が買収計画について異議申立をなし更にその後の昭和二六年一月二三日同地区農地委員会が原告を呼び出した上で右異議につき事情聴取を行つているのであるが、証人溝川亀太郎の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると、右のように異議につき事情聴取を行いながら、同地区農地委員会は原告に対し、右異議の結末を何ら明らかにせずに現在に至つていることが認められるので、(他にこの認定を覆すに足る証拠はない。)、たとえ被告等が主張するように右異議が不適法なものであるにせよ、これらのことと買収令書の交付がないことと相俟つて、原告としては、本件土地が買収処分から免れたものと思い続けてきたことが十分推認し得るところであり、しかも、原告がそのように思い続けてきたことについては、それ相当の理由があるものといわねばならない。その上前記二に認定のとおり原告は本訴に及ぶまでに昭和二九年春頃、被告土橋を相手方として本件土地の明渡を求める調停を申立てていることも明らかであるし、前記のとおり昭和二九年一二月一日になつて、本件買収処分の存在を推認し得る登記がなされたとは言うものの、以上の各事実に照らすと、原告としては、右登記によつて、本件買収処分の存在を知り得たにしても、それ以後もなおそれが有効なものとは思つてはいなかつたものと認められるから、かような原告の信頼は十分保護に値するものである。一方処分庁である被告京都府知事の立場をみると、同被告が本訴係属後の昭和三六年九月八日に至るまでその主張のような瑕疵の治癒をなさずに過してきたことについては、その間に特別の事情を見出す何らの資料もない。以上のとおり、本件瑕疵の重大さのほか、それをめぐつて本件買収処分における原告及び被告京都府知事(処分庁)の立場を綜合すると、本件の場合前記のように買収計画樹立時又は買収処分により定められた買収期日から既に一一年を経過し更に前認定の買収処分成立の日から少なくとも六年九ケ月を経た後においても、なお右のような瑕疵の治癒が許され、それによつて、本件買収処分が有効となり、その結果本件土地の所有権を失わせられるかも知れない不安定な法律上の地位に原告をおくことは信義則上到底承認し得ないところであるから、京都府知事は最早や前記買収令書の交付を以つては本件買収処分の瑕疵の治癒をなしえないものと言うべきである。そうだとすると、その余の無効原因について判断するまでもなく、本件買収処分は無効であると言わざるを得ない。

四、本件土地の所有権の帰属について

本件買収処分により定められた買収期日たる昭和二五年七月二日当時原告が本件土地を所有していたことは前認定の通りであつて、本件土地につき原告主張のような売渡処分があつたことは当事者間に争いがない。

ところで、前記のとおり本件買収処分が無効であるから、それが有効であることを前提としてなされた右売渡処分もまた無効である。従つて、本件土地は原告の所有に属するものである。

五、被告土橋に対する抹消登記手続請求について

原告主張のような被告土橋のための所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない。

ところで、被告土橋に対する本件土地の売渡処分が無効であること前記のとおりであるから、右登記はその原因を欠き無効である。

しかして、原告は前記のとおり本件土地を所有するものであるから、被告土橋は原告に対し、右登記の抹消登記手続をする義務がある。

六、被告土橋に対する農作物撤去、本件土地明渡請求について

被告土橋が、本件地上に農作物を栽培して、右土地を占有していることは当事者間に争いがない。

しかして、原告が本件土地を所有していること及び被告土橋に対する本件土地の売渡処分が無効であることはいずれも前記のとおりであるから、被告土橋は原告に対し、本件地上の農作物を撤去して、右土地を明渡す義務があること明らかである。

七、被告国に対する抹消登記及び回復登記手続請求について

この点については、原告は単に、本件買収処分が無効であるから、本件土地につき京都府知事が農林省を代位してなした地目変更登記は無効の登記であると主張するだけであつて、右地目変更登記が如何なる要件を欠くが故に無効であるというのかその主張は明確でない。

しかしながら、ともかく右地目変更登記が不適法な登記であるとしても、原告の主張によれば右地目変更登記は本件土地の地目を宅地から畑に変更するためになされたものであるところ、一般に不適法な変更登記が、ある登記事項を単に抹消するためになされたものでなく、これを変更するためになされたものであるときは、更正登記はなし得るが、抹消回復登記はなし得ないものと解されるのであるから、本件の場合、更正登記手続を求めるべきであつて、右地目変更登記の抹消登記手続と抹消回復登記手続とを求めることが失当であることは主張自体から明らかである。しかも、本件の場合、土地の表示(地目)に関する登記であるので、右更正登記をなすべき者は、表題部に記載されている所有者又は現在の所有権登記名義人であるが、成立に争いのない甲第四号証によれば、被告国はそのいずれにも該らないものであることが明らかであるから、たとえ原告の前記抹消登記及び回復登記手続を求める趣旨が右更正登記手続を求めるものであると解しても、これを被告国に対して求めることは失当である。従つて、原告のこの請求は理由がない。

第三、結論

以上のとおりで、本訴中、被告京都府知事との関係において本件土地の所有権確認を求める部分は不適法であるのでこれを却下し、同被告に対する本件買収処分不存在確認の第一次的請求は理由がないのでこれを棄却し、同被告との関係で本件買収処分の無効確認を求める部分(第二次的請求)、被告国及び土橋との関係で本件土地の所有権確認を求める部分、並びに被告土橋に対して、所有権移転登記の抹消登記手続及び本件地上の農作物撤去、本件土地の明渡を求める部分はいずれも理由があるのでこれを認容し、被告国に対して、地目変更登記の抹消登記手続及び回復登記手続を求める部分は理由がないのでこれを棄却する。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 喜多勝 露木靖郎 米田俊昭)

(別紙)

物件目録

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一、 畑  四畝二五歩

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